学校以外での教育
文部科学省が最近ようやく「教育の場」として認めた学習塾、予備校もまた学校の外にある、もう一つ別の学校であることは確かだろう。 加えて、学校の外では、スポーツクラブやボーイスカウト、ガールスカウト、図書館や博物館、美術館、社会教育センターなどでも学んだり、体験したり、映画や工作、習い事に参加ということもできる。社会人になって企業や職場での新人研修から、地位の向上に伴っての管理職セミナーや技術・専門情報のリフレッシュセミナーもあり、こうした学校以外の場所での教育を、広く社会教育という。 学校以外でも、学習塾、予備校は、最近は、文部科学省でも、「もうひとつ別の学校」ととらえるようになってきた。また、不登校の子供たちのための民間の受け皿組織、フリースクールやフリースペースもやはり学校の一種とみてもいいのでは、といった考え方もでてきた。 また、如何なる教育機関にも属せず、自宅を中心として自分の意思で勉強を行うホームスクーリングも近年増えつつある。
ただし自宅学習や一部教育機関では教育の質を選別できない子供が洗脳されたり虐待されたりする可能性もある。問題になった団体はヤマギシ会などが有名。日弁連の宗教被害対策によると子供が親と隔離された状態で教育を受け洗脳され、また隔離が同時に人質となってしまう宗教被害の実例があったと記述している。 またフランスなどは自宅学習などにセクト(カルト)的洗脳が見受けられる場合行政として救済対象とみなして活動するし詐欺的教育への予防的行政措置が活発。アメリカでは州に認可されてない非公式の大学などの卒業者が卒業後学位が何の役にも立たないことに気づいて愕然とする被害なども存在し、一概に受け入れると言う見方が成り立つわけではない。このように質の保証されないフリースクールは海千山千のものとしてみなすべきだと言う考え方もある。
高等教育の必要性
これまでの日本の教育は、どちらかというと「キャッチアップ型」であり、誰でも等しく知識と見識と与えられるよう機会の平等に主に重点が置かれていた。しかし、国際競争が盛んになり、国家としての競争力が意識されてくる段になって、教育も重要な戦略分野であるとの認識が高まっている。すなわち能力・意欲のある人間には積極的な高等教育の機会を与えようというものである。この議論に対して、よくエリート偏重であるとか受験戦争を助長するとの論議があるが当てはまらない。現状の塾や予備校に実質的な教育を頼らなければならない現状こそ、親の所得格差が子供の教育機会の多寡に直接影響するのであるから、このシステムこそ問題である。すなわち、東大を頂点とする受験競争=高等教育へのステップではなくて、如何に実社会で役立つ人間になれるかという観点で教育システムを設計する必要がある。アメリカでは高等教育の担い手として大学院の整備が進んでいる。わが国でもこれをまねたシステムとしてロースクールなどの取り組みがあるが、まだまだ確固たる教育理念に立脚しているとはいいがたい。こうしている間にも優秀な人材は日本を捨てて著名MBAなど米国の一流大学院を目指し日夜努力している。それは東大最終目標の受験システムとはあくまでも別次元となってしまっており、ここでも教育行政の方向性が大きく問われている。
最近の教育記事を抜粋してみました 子供の教育が気になるkororo
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で、このサイトが一番よかったっと思います。このサイトではホームスクーリングが何でアメリカではやったか、ホームスクーリングは子供たちにどうんだ影響をあたえるかが良く説明されてありますからもしよろしいければ見てください。本当に良いサイトなんですよ〜
http://www.serijapan.org/doc/01/ECListL01.html?page=6&sort=A&whereword=&buncode=&wordgubn=0402&subword=&gubn=